学舎の記憶|廃校を旅するブログ|

誰しもが記憶に残している「まなびや」の形、歴史を記します

牧村立宇津小学校

■学校データ

創立:1881年

・第十七番小学妙賀校分校原校派出として仮開学。

・1883年に校舎を新築し、原校分場宇津俣校として本開校。

・1892年に川辺村立宇津尋常小学校と改称。

・1901年に町村合併により牧村立宇津尋常小学校と改称。

・1941年に牧村立宇津国民学校と改称。

・1947年に牧村立宇津小学校と改称。

・1948年に平等雪中派出場を設置。

閉校:1989年

コメント:

校舎の一部が今も残っている。木造の校舎で、現在は地元の農産物加工所として使われているようだ。撮影した4月はまだ雪が大量に残っていたので、グラウンドなどの様子はよくわからない。入口あたりはトタン張りなので、校舎が途中で切断された様子がよく分かる。

なお、グラウンドがあったところにも大きな農産物加工所があるが、これは学校とは関係がないようだ。(写真は執っていない)

隅には二宮金次郎像と創立100周年記念の石碑が建立されていた。しかし、閉校記念碑は見当たらなかった。雪の中の何処かにあったりするのだろうか。

学校から少し離れたところにプールが作られていて、ちょうど雪解けで姿が見えていた。4コース25mプールとは割と立派な施設だ。

なお、この学校がある「宇津俣」集落の近くに「平等」という廃集落があるのだが、そこにあった平等雪中派出場の建物は、この集落から山に登ったところにある「鷹羽鉱泉」という野湯の管理施設として移築されている。

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