学舎の記憶|廃校を旅するブログ|

誰しもが記憶に残している「まなびや」の形、歴史を記します

守門村立上条小学校(旧)

■学校データ

前回掲載したので省略。

コメント:

魚沼市立上条小学校については前回の記事を参照。同じ投稿内に収めようかとも思ったのだが、場所が少し離れているので分けてみた。

跡地のグラウンド側には魚沼市消防本部上条出張所が建てられている。校舎の一部は地元農協の施設として使われていたようだが、2017年の時点では解体されていたようだ。Googleストリートビューで見ると2014年の時点ではその施設が使われているのが確認できた。また、2005年の空中写真を見ると体育館もそれまでは残っていたようだ。

ちなみに閉校直前の上条小学校は1981年に建てられているが、なぜ統合時に旧校舎を使い続けなかったのだろうか。旧校舎は1968年に建てられているので、統合時は13年ほどしか経っていない。場所の問題ではなさそうだし、とてももったいなかった気もするのだが、ただ単に手狭だったということなのだったのだろうか。

同じ敷地内に公民館または共同住宅のような建物が建てられているが、これは何の施設なのだろうか。1階ピロティ部分も秋だというのに羽目板が付けれているので、ここ最近使われている様子がない。(2014年のGoogleストリートビューにも写っているが、この時点で入り口に「進入できません」という看板が建てられている)

1987年の空中写真ではその建物が確認できる。もしかしたら小学校の冬季寄宿舎だったとか?いや小学生で寄宿舎はないか・・・。普通に村営住宅だったりして。

その謎の施設前には記念碑が建てられていて、「あすなろ」と彫られている。これは上条小学校百周年記念で建てられたもののようだ。この記念碑が唯一学校があった証拠となるだろう。

f:id:abolished-school:20210625184020j:plain

f:id:abolished-school:20210625184024j:plain

f:id:abolished-school:20210625184030j:plain

f:id:abolished-school:20210625184034j:plain

(1976年の空中写真。中央下にあるのが上条小学校(旧上条中学校)、中央上にあるのが旧上条小学校。出典:国土地理院

 


廃墟ランキング