学舎の記憶|廃校を旅するブログ|

誰しもが記憶に残している「まなびや」の形、歴史を記します

新潟市立白山高等学校

■学校データ

創立:1948年

新潟市立白山高等学校(定時制)として開校。

・1963年に全日制課程を併設。

・1970年に体育科を設置。

・1981年に定時制課程を閉課。

閉校:1982年

コメント:

跡地は新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあ」が建てられている。白山高等学校自体が白山公園内に建てられていたため、近くには白山神社新潟県民会館新潟市陸上競技場などの数々の施設が建てられている。

白山高等学校は同じく市立の工業高等学校と統合し、新潟市立高志高等学校が開校している。高志高等学校は後に新潟市立高志中等教育学校(2009年開校)へと変わった。

また、白山高等学校の定時制課程は新潟市立鏡ヶ岡高等学校と統合し、新潟市立明鏡高等学校となった。

閉校記念碑が存在していることは分かっていたが、場所がよくわからず、Googleストリートビューでも見当たらなかったので、現地に行って確認するしかなかった。

とりあえず新潟市民芸術文化会館の入り口に近い、「白山公園駐車場D」というところに車を止めて、徒歩で探そうと思って車を降りて30秒後、すぐに見つかった。

場所としては「空中庭園2」と呼ばれるところの下。駐車場になっているのだが、その駐車場から空中庭園へ上がるためのエレベーター近くに記念碑が設置されていた。

記念碑は全部で3つあり、向かって左から「新潟市立明鏡高等学校移転新築記念碑」「白山高等学校跡碑」「新潟大震災復元記念碑」となっている。

明鏡高等学校は今もある定時制の学校だが、開校当初は白山高等学校を本校としていたらしい。本校は1995年に沼垂地区のほうに移転している。

閉校記念碑の表にあるのは校歌だろうか。裏面には沿革が書かれている。

復元記念碑は新潟大震災が発生した当時の校長が生徒と職員への激励として校門に書いた文字が記されているとのこと。達筆でよく読めないが、「若〇を〇〇越えて」と書かれていると思われる。

ネット検索してみたがそれらしいものは引っかからなかったが、これを書いた当時の学校長である「宮村堅弥」氏については、作家としていくつかの著書を残していることが分かった。(「宮村堅弥 白山高校」で検索すると何も引っかからないのが気になる)

この碑文が分かる方はいらっしゃるだろうか。

(1975年の空中写真。赤い〇印が白山高等学校。青い〇印が白山小学校。黄色い〇印が白新中学校。出典:国土地理院

 

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