■学校データ
創立:1879年
・箕城学校長瀬支校として開校。
・1886年に独立し、長瀬簡易小学校と改称。
・1983年に北野尋常小学校と統合し、堺村立長野尋常小学校が開校。
・1902年に極野特別学級を設置。
・1947年に堺村立堺小学校長瀬分校と改称。堺村立堺中学校を併置。
・1956年に町村合併により栄村立堺小学校長瀬分校、栄村立堺中学校と改称。
・1959年に独立し、栄村立東部小学校と改称。志久見分校、北野分校を設置。
・1977年に志久見分校、北野分校を統合。栄村立堺中学校が閉校。
閉校:2011年
コメント:
狭隘な山と谷の間にあるためか、変わった構造をした校舎となっている。向かって左側がピロティと体育館、右側が校舎となっているようだ。
校舎跡は2013年に村営の団地として再活用されている。つまり一般人がここに数家族住んでいる。2011年3月に発生した長野県北部地震直後は避難所となり、一時的に200人がここに避難していたそうだ。この団地は子育て世帯や移住者向けの住宅として貸し出されているらしい。なお、体育館は地域体育館として開放されている。
グラウンドを挟んで反対側にはすでに閉園となった東部保育園もある。
そのグラウンドの川(谷)側に二つの閉校記念碑がある。それぞれ東部小学校と堺中学校になる。中学校の閉校記念碑まで残っているのはうれしい。かなり字がかすんでしまっているが、「心のふるさと堺中学校跡」という文字は見て取れる。その左側にも何か書いてあるようだが、おそらくこの文字を書いた堺中学校の校長の名前が書かれていると思われる。
その隣は東部小学校の石碑。表には「ふるさとを愛し やさしく たくましい 子ども 東部小学校」と書かれ、裏には校歌の1番が書かれていた。
大きな震災を経験した直後に卒業し、統合した栄小学校に行った子どもたちにとっては良くも悪くも大きな思い出となった学校なのだと思う。
住宅団地として姿かたちがこのまま残っているというのも素晴らしい。ほかの廃校もこのようにうまく活用できれば、地域の思い出の地をずっと残すことができるのだろうと思う。













(1977年の空中写真。赤い〇印が東部小学校および堺中学校(1977年閉校)。青い〇印が北野分校(1977年閉校)。出典:国土地理院)
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