学舎の記憶|廃校を旅するブログ|

誰しもが記憶に残している「まなびや」の形、歴史を記します

聖籠町立蓮野小学校藤寄分校

■学校データ

創立:1876年

・佐々木新田校として開校。同年8月、第八中学区第二小学区則清校附属佐々木新田校と改称。

1878年に藤寄校と改称。

・1887年に蓮野尋常小学校藤寄分教場と改組。

・1889年に独立し、藤井尋常小学校と改称。

1906年に聖籠村立蓮野尋常小学校藤寄分教場と改組。

・1938年に聖籠村立聖籠尋常高等小学校藤寄校舎と改組。

・1941年に聖籠村立聖籠国民学校藤寄校舎と改称。

・1947年に聖籠村立聖籠小学校藤寄校舎と改称。

・1948年に聖籠村立蓮野小学校藤寄分校と改組。

・1977年に町制施行により聖籠町立蓮野小学校藤寄分校と改称。

閉校:1986年

コメント:

聖籠町の廃校となったところで数少ない遺構が残っているところだった。

跡地には地域体育館が建てられているが、新しい体育館の横に古めの体育館があり、こちらがもともと藤寄分校の体育館だったらしい。新しい体育館があった場所に校舎棟があった模様。

聖籠町の公共施設案内で調べてみるが、体育館が1個しかないような表記だったので、古い方の体育館は現在使われていない可能性がある。

その古い体育館の前の木々が覆い茂るあたりに閉校記念碑が残されている。表には跡地を示す名前が、裏には藤寄分校の由来として簡単な沿革と文章が刻まれている。

新しい体育館の前にはプールがあるが、これも当時のものとなる。現在も使用されているかは不明。検索すると聖籠町藤寄地区児童プール設置条例というのが引っかかるが、現在もこの条例が生きているかがわからない。(2014年のGoogleストリートビューではプール清掃をしているスタッフが見えるため、この時は生きているようだが)

ただ聖籠町はプール施設の老朽化により小学生のプール授業を外部委託する取り組みを試験的に行っているようなので、現在は使われていない可能性が高い。

水がなみなみと蓄えられていることから消防水利として使われているのかもしれない。

にしても6コース分くらいある広いプールである。プールが設置された年度は不明だが(少なくとも1975年の空中写真では見当たらないので、それ以降に設置されているはず)6コース分もプールが必要なほど児童がいたということなのだろうか。

(1975年の空中写真。赤い〇印が蓮野小学校藤寄分校。出典:国土地理院

 

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