学舎の記憶|廃校を旅するブログ|

誰しもが記憶に残している「まなびや」の形、歴史を記します

西会津町立尾野本小学校軽沢分校

■学校データ

創立:調査中

・1960年に高郷村より軽沢地区が分離し、西会津町編入西会津町立尾野本小学校軽沢分校と改組。

・1969年に常設分校を廃し、季節分校へと改組。

閉校:1987年

コメント:

跡地には何も残っておらず、消防小屋とごみ収集箱がぽつんと置かれているくらいだった。ちょうど軽トラックが止まっているあたりに学校があったようだ。

この集落は約350年前くらいには「軽沢間宿」といわれていたそうで、荷物の搬送などを生業としていたらしい。そのことが書かれた案内看板が敷地内に設置されていた。

またかつては隣の高郷村(現・喜多方市)に属していたようで、1960年に西会津町へと編入されている。それと同時に尾野本小学校への所属になったが、所属する前の沿革に関しては不明だったため、高郷村史か小学校史(多分、地理的に高郷第二小学校の所属だったと思われる)を紐解く必要がありそうだ。

なお、ネットで軽沢分校について調べていたところ興味深い記事が見つかった。西会津町の広報誌2010年4月号にて3月定例会の議会報告記事が載っているのだが、その中に「町立小学校及び中学校条例の一部改正」という項目があり、『休校中の尾野本小軽沢季節分校及び群岡小徳沢分校を廃校するための改正』という一文があった。

1987年には廃校という形にはなっていたが、この2010年の条例が一部改正されるまでは事実上、分校は存在していて、復活する可能性もあったということだろうか?

20年以上にわたって条例が改正されていなかったことには驚いたが、そんなもんだろうか。

(1976年の空中写真。赤い〇印が尾野本小学校軽沢分校。下を走るのは国道49号。出典:国土地理院

 

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