学舎の記憶|廃校を旅するブログ|

誰しもが記憶に残している「まなびや」の形、歴史を記します

西会津町立奥川中学校

■学校データ

創立:1947年

・奥川村立奥川中学校として、奥川村立奥川小学校に併置して開校。

・1950年に奥川村立奥川中学校弥平四郎分校が開校。

・1952年に新校舎竣工、移転。

・1954年に町村合併により西会津町立奥川中学校と改称。西会津町立奥川中学校弥生季節分校が開校。

・1970年に新校舎竣工。

・1972年に西会津町立奥川中学校弥平四郎分校が閉校。

閉校:2002年

コメント:

体育館は避難所として利用されているようだ。入り口には門柱が1対あり、銘板も残っている。その隣に閉校記念碑があり、詳細な沿革が書かれている。

校舎は体育館の前にあったようで、校舎があった当初は手前の道路から体育館は見えない構図になっていたらしい。閉校後のいつに校舎が解体されたかは不明。体育館と校舎をつなぐ渡り廊下が現在の体育館入り口となっているようだ。

グラウンドがあった場所は重機や土砂が置いてある。2023年のGoogleストリートビューからコンテナハウスや重機が置いてあるので、一時的な現場事務所ではなく、どこかの会社の資材置き場として使われれているのかもしれない。ただ緊急避難所となっているため立入禁止になっているわけではなさそうだ。

写真に写っている土砂の山の奥にプール跡があるようなのだが、場所が場所なだけにさすがに奥に行くのは遠慮させてもらった。

(1976年の空中写真。赤い〇印が奥川中学校。青い〇印が奥川小学校(2012年閉校)。出典:国土地理院)

 

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